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	<title>雨水林檎作品集</title>
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	<description>病と傷と生きるもの。</description>
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		<title>優しい雪の体温に</title>

		<description>『僕』にとって初めてのクリスマスが今夜…</description>
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			<![CDATA[ 『僕』にとって初めてのクリスマスが今夜やって来る。そう、生まれて初めて。18歳も過ぎて初めてなんて少し恥ずかしいけれど、僕の周りにクリスマスに寄り添ってくれる優しいひとはいなかったから。別に不幸自慢をするわけじゃない。

『彼』は雪の中行くところのない僕を拾ってくれた。高身長、黒髪で少し目つきが悪い。彼は新進気鋭の所謂アーティストで、最近ちょっと忙しい。

ゆっくり外食なんて時間は彼にはないから、今年は家でクリスマスを祝うことに。

その日は朝からキッチンで孤軍奮闘。
自分の長い髪を束ねたあと、僕は生まれて初めてのクリスマスケーキを作った。ケーキに乗ったサンタクロースの人形は猫の顔で、ちょっと首を傾げてる。

猫をいじってると彼に買ってもらった携帯電話が鳴る。今日はお仕事で雪の降る街に行っていたはず、夜には帰るって。

「もしもし、何かありましたか？はるゆきさん」

電話の向こうでは風の音がうるさかった。

「みつば、悪い……雪で電車が動かなくて、今夜帰ることが出来るかわからない」
「は……」

僕に申し訳ないと謝って電話は切れた。
思わずその場に座り込む。

彼、はるゆきさんだって好きで帰って来られないんじゃない。彼は悪くない、悪くない……だけど僕は本当に楽しみにしていたんだ。

「ふ……」
知らなければよかった、冬の暖かい部屋も白いケーキも……猫のサンタクロースも。

はるゆきさんはきっとクリスマスを知っているのだろう。冬の暖かい部屋と白いケーキ。彼にとって生まれて初めてのその日はその心にどんな暖かいものを残したのだろうか？

「はるゆきさん、僕はどこに行くのでしょうか……」

クリスマスさえも、遠い。


◇


両親を知らず、何度目かに引き取られた家には僕と同じくらいの子どもがいた。癖っ毛でいたずらそうな瞳。遊び相手に良いだろうと彼におもちゃを与えるように引き取られたのは僕。

「長い髪ー、お前みつばって言うの？」
「はい」
少年の名前は梓だ、彼の両親がそう呼んでいた。黙って僕を見つめる梓は、突然僕の腕をつかむと、ためらうことなくそこに噛み付く。

「痛いっ！」
「あはは！おもしろいんだー」

何を……僕は何か悪いことをしたのだろうか？

噛み付いた場所にさらに爪を立て、梓は言った。

「気に入ったよ、みつば」

梓との関係はそれから10年にも続いた。彼の性格は年を経るごとにさらに乱暴になって行く。

「みつば、お前のいいところなんてその顔だけだな。あとは汚い」

僕の身体中、梓につけられた傷だらけで。

梓も思えば不憫なところがあった。彼もまたクリスマスを知らない。共働きで留守がちの両親、家にいるのはおもちゃの僕。彼自身もクリスマスに憧れたのか、その日だけは僕から手を放して友人の家に遊びに行く。その頃の僕はひとり家事に追われ、学校さえもろくにいけなかった。引き取られただけで幸せだと思わないと、と自分をそこに縛り付けて。

誰もいないクリスマスの家、寂しくなって街に繰り出すとそこは幸福で溢れていた。

寄り添う親子、子どもは肩車の上からイルミネーションを望む。仲間と騒ぐ学生達、大きなケーキとチキンの箱を持って、肩を組んではしゃいでいる。そして手を繋ぐ恋人たち、その手にはペアリング。どうかこれからもそばにいられますように、と。

知らない……全ては僕の生きている場所からは遥か遠く、背伸びすらしても見えやしなかった。


◇


それからしばらくの18歳の誕生日の日、僕は家から逃げ出した。このまま死ぬまで彼のおもちゃでいるのかな、と諦めていたその日に梓は派手な女の子達を連れて帰ってきて、突然僕に笑いながら言った。

「みつば、もうお前いらないよ」
しっしっ、と追い払う真似をして。
女の子を抱き寄せてキスをする、はしゃぎ声。

今から思えば彼は僕に嫉妬して欲しかったのかもしれない。その前日、彼は僕に甘えるように触れたから……。

そう言う関係を望んでいた彼に対して、僕は何の感情もなかった。愛とか友情とか全ては遠くかすんでいて、梓の顔すらろくに見てはいなかったから。

小さなボストンバッグに着替えとお財布を。思い出なんてなかったから荷物は少ない。梓はと言うとまだ騒いでいたから、さようならも告げないで裏口から抜け出した。

最寄りの無人駅から何本も電車を乗り継いで、お金が尽きるまで電車に乗ってやって来たのは見知らぬ都会、僕はその後の梓を知らない。

「都会でも雪は降るんだ……」

電車を降りて駅から出る。傘一本も買えないからっぽの財布に頼ることは出来ず、夜の知らない街を歩き続けたものの、住宅街に迷い込んでしまい少し困っている。雪は綺麗だけど寒くて凍えそう……。

「おい」

突然の声に振り向くと、ひとりの背の高い男のひとが大きなカメラを持って立っていた。眉をひそめ、怖い顔。

「あ……撮影の邪魔でしたか？すみません」
「いや、そうじゃなくて」

彼は僕の腕をつかむ。

「そんな薄着でいたら命を奪われるぞ」

そして黙って僕の手を引いて、高級そうなマンションへ。

「あ、あの……」

部屋に向かうエレベーターの中で彼と目があう、30歳くらいかな……笑いもしない、怖そうなひと。

「悪かったな」
「えっ」
「顔が怖いってよく言われるんだよ」

そして不器用に彼は笑う。このひと、本当はいいひとなのかもしれない。

「す、すみません、えっと……」
「ああ、名前か？  久下晴雪。はるゆきでいいよ。お前の名前は？」
久下晴雪、何処かで聞いた名前だ。
「僕は……みつば、です」


雪は明け方にやんだ。
はるゆきさんとはそれ以来あまり話もしなかったけれど、この空間は苦痛じゃなかった。彼は僕を傷つけなかったから。

「雪もやみました、一晩本当にありがとうございました」

どこへ行くのかなんて決めてない。だけどこの家にいるわけにはいかないと。

はるゆきさんに頭を下げて家から出ようとした、その時だ。出て行こうとした僕の手を彼は離さない。

「あ、あの……」
「もう少し、ここにいてはくれないか？」

その一言で彼の心を聞いたわけじゃない、だけど彼に惹かれていたのは僕も同じだったから。


◇


そしてひとりぼっちのクリスマスの夜は更けて行く。
はるゆきさんからはあれから電話もメールすら来なかった。もうすぐクリスマスも終わる時間。ひたすら待ち続けているうちに、なんだか涙まで出て来てしまった。なんで？  この程度の悲しみは、何度も経験したじゃないか。

「ねこさん……」

ケーキの上の猫のサンタクロースの人形も泣いてる気がする。そんな顔しないで……でも、僕も君もひとりなんだね。

ひとりを知ってる。
孤独、を知ってる。
夢なんて描いてごめんなさい……。

鳴らない携帯電話を裏返し。
涙を拭って残った家事をしてしまおうと、立ちあがってキッチンのシンクで洗い物をしようとした時だ。

玄関のドアを激しく叩くひとがいる。
時刻はもうすぐ午前0時。はるゆきさんは帰れないって、じゃあ……どこかの酔っ払い？

「か、帰ってください……」
だけど酔っ払いらしきひとはドアを叩き続ける。怖い、どうしよう……け、警察に電話しなきゃ。

すると向こうから小さく誰かの声が聞こえる。

「おい……みつば！」

聞き覚えのある低い声、それは待ち望んでいたあのひとの。

「も、もしかしてはるゆきさんですか……？」

ドアを開けると雪にまみれた彼の姿があった。あまりに真っ白で僕の方が呆然としている。

「なんで……帰らないんじゃ……」
「……初めてだったんだろ？」
「え」
「クリスマス」

そう言って彼は優しく笑って僕の頭を撫でた。

「間に合ったな、午後11時57分。メリークリスマス」


◇


「初めてにしては上出来じゃないか」
「クリスマスケーキってこんな感じですか？」
「いいと思うよ、サンタはお前が食べろな。クリスマスパーティーの主役だから」
「しゅ、主役？」

そんな経験だってしたことない。

「愛されてるやつが主役って決まってるんだよ」
「愛されてるって……誰に？」
「あのな、俺に言わせるなよ」

なんだかはるゆきさんは照れたように。

ケーキの記念写真を撮ってふたりに切り分けるのは、はるゆきさん。

「ほら、食べような……って、みつば？」
「はるゆきさ……う……」

いつの間にか僕は涙がとまらなくなっていた。はるゆきさんが、そんな僕を笑う。

「なんで泣くんだよ、寂しかったか？」
「だ、だって」
「お前のために手を尽くしたんだよ、タクシーの運転手急かして空いてる道路探してさ」
「そんな……明日でも良かったんですよ」
「それは駄目、クリスマスは今日までだからな」


僕を思い、必死で帰って来てくれたひと。こんな、こんな優しいひと他にはいない……。

「ご、ごめんなさいはるゆきさん……ありがとうございます」

嬉しいって言葉の意味を初めて知った。
僕はいま、幸せだって。
その感情は知ってしまえばもう戻れない。

彼は僕の頬に手を伸ばしてキスをして深く深く、お互いの体温を探り合うように。


「……はるゆきさん、僕はいま幸せです」 ]]>
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		<dc:date>2020-01-18T11:58:23+09:00</dc:date>
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		<title>素肌</title>

		<description>白い透き通るほどの肌に触れて、その日か…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 白い透き通るほどの肌に触れて、その日から彼をもう誰にも渡したくないと思った。


もちろんそんな自分が歪んでいる自覚はあったし、彼の感情なんて読めるはずはない。だってろくに会話すらして交わしたことのないのだから。

◇

春の終わり。

"はじめまして"、のひと言でその顔を見たら、あまりの造りがよくて俺は笑ってしまった。まるで正反対、俺と彼は。

同級生だった、転校生。東京から引っ越してきたと言う、東京という言葉に壁ができた。この狭い田舎のコミュニティでは、プライバシーなどあるわけない。次第に噂は広がった、彼の父親は犯罪者だって。

父の罪は、もちろん彼のものではないとわかってはいたけれど。その頃とある製薬会社が倒産したのを知る、噂によると彼の父親が経営していたらしい。不正取引、その言葉の意味はよくわからなかった。

それから彼は誰とも話さなくなった。

彼の制服が汚れている、あれは多分足跡だろう。綺麗な顔にだけは傷はついていない。いじめだ、よそ者でさらに犯罪者の息子。ターゲットになるのは彼のこと。でも、誰も彼自身の本当は知らない。

◇

夏休み前に補習授業で学校に来た。勉強熱心ではない同級生たち、その日学校に来たのは彼と俺だけ。
おはよう、ってひとり言のように囁いた彼。俺はどんな顔をしたら良いかわからなくて、仕方なくおはよう、と返した。

「ごめん、教科書貸してくれる？」

教科書を隠された、傷だらけの手のひら。それはきっと誰かにまた踏まれでもしたのだろう。

彼は助けて欲しかった？

そんな顔で俺をみるな。

補習が終わったのは昼過ぎ、冷房のない部屋で汗をかきながら彼は教科書を返す、ありがとうの笑顔。綺麗な顔して、ずっと思ってた、まるで人形じみているって。

教師はとっくに職員室へ帰った。俺もさっさと帰宅しようと思った時だ。彼は暑かったのかネクタイを緩めた、その、隙間から覗く白い肌は。

透き通るように、なめらかで人形にはぴったりだ。薄く汗をかきながらも、白い。

「触れてもいいよ？」

彼は笑って囁いた、俺を誘ってでもいるのだろうか。

本当は多分出会った時から欲情していたのかもしれない。見ていた、教室の端の席でいつだって彼を。

「お前なんか嫌いだ」

そう囁き返してその素肌に手を伸ばす。窓の外からは吹奏楽部の練習、野球部の声。夏の盛りに彼と二人。教室でいまこんなことをしているだなんて。

彼を知らない、俺の心をかき乱すな。

「お前なんか……」

言葉を吐くようにキスをした。彼は避ける素振りも見せず俺の手をにぎる。
嫌いだ、こんな暑い教室で体温を交換している。一度自覚したらもう離れることなんて出来ないじゃないか。

東京とか犯罪者の息子とか俺を誘う声とか……、ああ全てはもう関係ない。落ちるだけだ、この世の果てに。歪んだ自覚は彼を見て錯覚ではなかったと。

それは16歳の遅い初恋。

気がつけばあたりはいつのまにか俺の部屋で、彼が俺の布団にくるまり笑っている。
愛してるって耳元で、耳鳴りのように繰り返して。

俺はもう逃げられない。

◇

そして季節は春に戻る。
東京から来た転校生、"はじめまして"、のひと言で皆は彼を歓迎した。

先程まで俺の部屋で隣にいた彼のこと。
しかしまだ夏は訪れてはおらず、彼はいじめられている様子はない。そもそもここは俺の部屋でもなかった。

俺は夢でもみていた？
知りもしない彼のこと、なんで出会う前に恋をしているのだ。

彼は笑顔で俺をみて、そのネクタイを少し緩める。そこからは、白く透き通るほどの肌が覗いていた。
 ]]>
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		<title>恋情</title>

		<description>　いまはもう深く懐かしき、遥か昔の時代…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　いまはもう深く懐かしき、遥か昔の時代のこと。
    明治という時代の終わり、大正の始まり。
　進学に際し上京した下宿先の親類の屋敷の奥には、美しい彼が住んでいた。
　
　◇
　
「今日からお世話になります、叔母さん」
「ふふ、そうかしこまらなくて良いのよ。随分立派になって……自慢だわあ、私の血筋からお医者さまが生まれるなんて！」
「……頑張ります」

　父の一つ下の妹である御堂（みどう）の叔母は優しいがやたらと身なりや身分を気にする気配がある。そこへやって来た帝大生の甥と言う肩書は、そんな叔母にとってよっぽど誇らしいことのようだった。
　
　東京の端、未だ古き時代の香りを漂わせながら佇んでいる”御堂の屋敷”、叔父は仕事に忙しい人だったため滅多に帰宅はしないようだった。
　
「隆幸（たかゆき）さん、これだけは約束よ。母屋の端の部屋にだけはいかないでくださいませね？」

　いつだってにこにことご機嫌な叔母が、その時だけ冷たく蛇のような赤い目をして囁いた。
　
　東京の夜は故郷の静けさとは違い、何処からか喧騒が聞こえてくるよう。この街は騒がしすぎる。眠れぬけだるさに寝返りを打つと、どこからか男のくぐもった咳が聞こえてくる。この家には叔母と女中しかおらぬはず。叔父の帰宅か？　それにしては遠い。
　
　昼間の叔母の言葉を思い出した、”母屋の端の部屋には……”。

　かからわないでおこう、しかし咳は心配するほどやむことがなく眠れない感情は、その咳の主が誰か気になって仕方がなかった。
　
　廊下を音をたてぬように静かに歩む、漆黒のさきには襖の隙間から薄明りが漏れている。
　再びあまりに部屋の主が酷い咳をするものだから、そっと襖に手をかける。
　
「あ……」

　
   まるで自分とは正反対の金色の髪の長い二十歳前後の青年。白い肌に大きな青の瞳、まるで西洋人形のように美しい。
　
「だれ……げほっ、ごほごほんっ」
「大丈夫か？」
「すぐ、すぐに落ち着くから……」

　さすった背中は骨ばんで薄い、男同士だとはわかっているがその青年に対して庇護欲がわく。儚い青年、叔母には子どもなんていなかったはず。ましてやこんな金色の髪。
　
「僕は鬼の子だよ、勇ましいお兄さん。名前は？」
「比留間隆幸（ひるまたかゆき）」

　僕は、”美青（みお）”、自分を呼ぶのならそう呼んでほしいと彼は言った。

　◇
　
　あれからすぐに美青とは別れて、自室で眠れぬ朝を迎えた。学生服に着替えて叔母ととる朝食の頃、昨夜会った美青について聞きたかったが、叔母に無断であの部屋に行ってしまったとわかればきっと彼女は気分を害するだろう。見る限り美青はこの世界から遮断されている。
　
「隆幸さん、食欲がないの？」
「いえ……少し眠れなかっただけで」
「ふふ、慣れない土地で考えることでもあったのかしら？」

　忘れようとすればするほど美青の姿が頭から離れない。多分禁忌、彼は一体何者なのか。
　
　◇

「隆幸さま、おかえりなさいませ」

　夕刻、帰宅をすれば玄関前で一人の女中が掃き掃除をしていた、何処からかまたあのくぐもった咳が聞こえる。そっと美青の部屋の方角を向くと、女中は小さな声で囁いた。
　
「関わらぬ方がよろしいですよ」
「え？」
「あの方は、この世に生きていてはならぬお方ですから……」

　美青のことを知っている、忠告を残し女中はほうきを持って消えて行った。

　想いが募る、俺は一体どうしたら良い？
　
　◇
　
　ひとめ見てしまえばもう気になってしょうがない。
　そして美青の魔性の魅力は、今夜も俺をあの部屋へと誘う。
　
「やあ、また来てくれたんだね」

　深夜、皆が寝静まったのを確認して、再び美青の部屋へ。
　
　狭く薄明りの小さな部屋、日常からは隔離されまるでこの世の秘境のよう。
　美青の笑顔が崩れ、また嫌な咳をする。
　
「大丈夫か？」
「……罪だよ」
「え」
「この病んだ身体はこの世に生まれてはならなかった僕の罪だ」
　
　美青とお互いに見つめ合う、青い瞳の奥に自分が映っている。魔性に見せられた愚かな俺の顔だった。
　
「……ではそんなお前に想いを寄せる俺も罪人なのか」
「隆幸さん？」

　美青は俺の名を覚えていることに驚く。
　俺にとっての恋の始まりだ、美しく儚い美青に惹かれて……。
　手を伸ばしてその柔らかなくちびる触れたらもう戻れない、くちづけをしてため息。少し熱っぽい美青を感じて、俺の心も熱くなった。
　
　◇
　
　恋とはどういうものなのだろう。
　出会って人となりを知って、それから？
　
　気が合うとか合わないとか、麗しい容姿と地位と身分？
　いや、そう言う段階を踏まなかった、美青と俺は禁断の場所で出会ってはいけない出会いをした。
　
「こんな姿を自分の産み落とした子どもだなんて言われたら誰でも驚くだろう、”母さん”は鬼の子と僕を揶揄した」
「叔母さんか？」
「金色の髪と青い目に覚えはなかったってさ。それからが僕の十七年だ」

　自らとは違いすぎる容姿をした子どもに恐れおののいた叔母は、美青を生後すぐこの部屋に隠した。殺して罪人になるわけにはいかない、自らの身分を愛し美青から目をそらす。

「親からの愛も知らないし、友人なんて出来るはずはない。それが孤独というのだろうか、ねぇ、隆幸さんは友人も恋人もいるのだろう？」

「恋人なんて出来たことはない。友人らも皆別れて来た、東京行きが決まったその日に」

　懐かしい故郷、優しい人たち。
　愛情を与えてくれたかの地は知識もつかぬし勉学にも向かない。夢と愛情を天秤にかけて俺は東京と言う夢を選んだ。
　
「……げほっ、こん、ごほ」
「大丈夫か？」
「……隆幸さんと離れたくない」

　細い背中を折りしばらく咳き込んだのち、美青の細い手が俺の袖をつかむ。
　
「ここで生きて行くと言うのなら、どうか僕を連れ出して。初めてなんだ、隆幸さんを思うと心が熱くなる」

　ああ、いつのまにか、俺たちは同じ思いを抱えてしまって……。
　
　◇
　
　ひそやかに愛し合う日が続いていた。
　昼は学校で医学を学び、夜になれば美青のもとへ。
　美青は良く笑うようになった、時折の冗談に声をこらえながら抱き合って。
　
　幸せの形は少しずつ明確になって行く、いつか二人で暮らそうなんて秘密を打ち明けるように夢想した。抱き合って横になればお互いの体温を感じている。

「ごほっ、けほ、……」
「その咳、医者にはかからないのか？」

　近頃では美青が日々弱って行くのが恐ろしくて仕方ない。
　愛情が心から溢れてしまって、ああどうか彼を失いたくはないと。
　
「医者になんてかかったら僕のことが公になってしまう。あの人は僕を見捨てたんだ、いままで生きてきたことの方が奇跡なんだよ」
「美青……」

　なんて儚い笑い方をする、俺は知識だけはあった。
　病の影、不治の病かもしれないと。
　
「美青、俺はお前がいないと生きてはいけないよ……」

　ああ、俺はなんて弱い人間になってしまったのか。浮かんでくる涙を忘れようと瞼をぎゅっと閉じた時だった。
　
「……そこで何をしているの？」

　薄明かりに、立ち尽くす女。
　
「あ……」
「”その子”と何をしているかと聞いているのよ、隆幸さん……！」

　鬼なのは美青ではない、顔を歪ませた叔母の方だった。
　
　その手に持っていたろうそくが落ち畳を転がって行く、叔母は美青の着物を掴んで突き飛ばした。
　
「忌まわしい子……！　どうしてまだ生きているの？！」
「美青！」

　壁に叩きつけられ、小さくうめく美青を慌てて抱き寄せた。
　
「……美青に触るな」
「隆幸さん？　何を言っているの、その子はこの世にはいない子よ。あなたもさっさとこの部屋から出て行きなさい！」
「嫌だ！」

　ろうそくの火が布団から襖へと燃え移る。火に囲まれる前に美青を背負って廊下へ飛び出した。背後からは炎と鬼と化した叔母が追いかけてくる。長い爪が美青の金髪を掴み、背中になんらかの衝撃があった。背負っていた美青が崩れ落ちる。
　
　床には血だらけの刀が音を立てて転がっていた。
　屋敷を伝う火の回りが早い、女中らの悲鳴が響き叔母は狂気の声で笑いつづけている。
　
「美青……！」

　そしてその日の夜半過ぎ、御堂の屋敷は無残にも崩れ焼け落ちた。
　
　◇
　
　高台の向こう、東京の街をのぞむ。
　淡い血のように赤い太陽が闇を少しずつ拭って行く。
　
「……なあ、夜が明けるよ美青」
　
　背負ってはいるものの何も答えぬ美青、ぐったりと力なくまるで静かに眠ってしまったよう。
　
「君が見ることのできなかった一日の始まりだ」
　
　もう誰も俺たちの中を咎めることはない。
　この心はいつだって美青とともにあるから。
　
　ああ、それでも美青は未だ目を開けぬまま……。
　
　この東京の街の夜明け、儚い恋情と生と死に解放された自由がそこにはあった。
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		<title>ドキュメンタリ</title>

		<description>　例えばこの電車のドアの向こう側にこの…</description>
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			<![CDATA[ 　例えばこの電車のドアの向こう側にこの世の果てがあるとすれば、出来ることならそのまま落下してしまいたい。目を閉じたら一巻の終わり。今朝もそうなるように願うまま……結局のところは夢物語でいつも通り電車は終点に到着する。

　音を立てたホームドアの向こうには、当たり前だがこの世の果てなどなく、入学したばかりの高校の制服を着た高校生であふれていた。

　いやだ騒がしい、目眩までする。
　押されてぶつかって緩い腕時計のバンドが外れて落ち、拾おうとしたら見知らぬ高校生の足で踏まれ、何処かに行ってしまった。腕時計は別に気に入っていたわけではないし、この左手首が細すぎてバンドにみっともなくも自分で穴を開けていたもの、それも壊れかけの安物だから、仕方がない。

「ねえ」
「……」

　声に呼ばれ振り返れば茶髪でスーツ姿の男。見覚えがあるようなないような……しかしおれは彼の名前なんて知らない。

「腕時計、落としたでしよ」

　そう言って彼が差し出した腕時計は踏みつけられて文字盤が割れている。

「割れちゃったねえ、大事なものだった？」
「……いや」
「代わりにこれあげるよ、ブランドものとかじゃあなくって申し訳ないけれど」
「は？　い、いらない……」
「気にしないで、安いものだし。ほらもう遅刻する時間。転ばないように気をつけてね」

　大きな腕時計、使い込んだ色をしていたそれはけれどやっぱりおれの手首では大き過ぎて。あの男はなぜこんな大切そうなものをおれに寄越したのか。返したくてもどこの誰かも知らない男、多分もう会うことなんてないんじゃないか。けれど例えば彼が毎朝この駅を使っているなら、また会えるかもしれない。返そう、その時にでも。

　◇

　今年の春から高校一年生になった三宮佐知（さんのみやさち）。佐知のさちが幸だったらおれはもっと自分が嫌いだっただろう。それくらいの自己嫌悪感、誰もいらない誰もいない。
　そもそも高校なんて行く気は無かったけれど祖父母がしつこくって、迷った挙句祖父母の家からでは通えない遠い高校を選んだ。生活費に下宿代などお金をかけさせてしまって悪いと思っているが、祖父母の目が離れたいま、その計画は開始した。

　食事なんて、摂らない。

　ひと思いに死んでしまうのは恐ろしいから、こうして何も摂取しないことで少しずつ軽くなって行けば、いつかここではないどこかへ行けるのではないか。それは緩やかな自殺行為でもある。なに、誰も気づきはしないだろう。おれを気にして見ているやつなんかこの世にいるとは思えないし。いるなら仕事柄仕方なく教師とか？あしらうのは少し面倒だけれど。

　高校の授業が始まって、つまらない日々が続いていた。男子校、もうある程度のグループは決まっていて、いつだっておれはどうせ厄介者で外れ者。未だ誰とも会話を交わしていないのだから仕方ない。
大声ではしゃぎ回るその足元を蹴り飛ばしたい。高校生にもなって教室を走るか。

　朝一は初めての数学授業。どちらかと言えば理系、小説の類は文字に隠されたややこしい感情が渦巻いているから。理解なんかしたくないのだ、他人も、自分も。

「はい、静かにねぇ授業始めるけど準備できてる？」

……この声、どこかで聞いた覚えがあるぞ。
左腕の大きな腕時計。あの時笑った男の顔。机から顔を上げて教卓を見る。

「はじめまして、数学担当の森村真希です。まきちゃんでいいよ」

　腕時計の男だった、その森村は明らかにおれを見つけて嬉しそうに手を振った。

◇

「まきちゃんまじかよ、この子貧乳ー」
「こらこら、貧乳だとか馬鹿にしてはいけないよ。全体を見て見なよ、華奢な子じゃん。折れちゃいそ、そこ可愛いじゃん？」

　森村の授業は不愉快でたまらない。あいつ自身まだ若く威厳のないのにくわえ、ノリが軽い。ガラの悪い生徒たちと教室の後ろでグラビアアイドルの品評会なんて。プリント解いている間にするなよ。ああもう集中出来ない、煩わしい。

「三宮くん、そこの数式よくわかったね」

　慌てて振り向くと、おれの椅子に触れながらいつの間にかプリントを見ている森村。
そしてまたグラビア雑誌の話の輪に戻る。見ていないようで見ている、もううんざりだ。

その森村がおれは苦手だった。

「じゃあ今日の数学はこれで終わり、プリントで間違えたところはやり直しておくように。小テストやるからねー」

　採点をしたプリントは九十点。あと二問が解けなかった。

「あっ、忘れてた。三宮くーん、ちょっといい？」

　教室のドアから半分のぞいている森村が手招き。気の進まないまま側に行けばそのまま保健室まで連行される。

「な、なに」
「養護教諭の先生が話があるってさ。俺も同席して良い？」
「なんで」
「君が気になるからだよ」

◇

「先週の身体測定の結果の件で聞きたいことがあってね」

　この男子校は養護教諭まで男だった。図体のでかい男が白衣着て白い部屋で花を飾りながら健康について話すから少し笑う、神部有（かんべゆう）彼は難しい顔をしながらおれを見る。

「最後に一日三食食べたのはいつ？」
「忘れました」
「今朝は何か食べたかい？」
「食べてません」
「お腹空かないの？」
「はい」

　養護教諭は何かを探り出そうとしている。冗談じゃないそう簡単に心の中に入られてたまるか。

「ダイエットなんて興味はないだろうけれど、あまりに体重が軽すぎても問題が起こるんだよ。君の身長にその体重では目眩や立ちくらみもひどいだろう？」

「別に気にならないです、元気なんで」

　彼らは食べることを強制しに連れて来たのだ。だけどおれにはおれの考えがある。真実を言ったなら、それはそれでまた叱られるだろうが。

「あの、次体育なんで着替えたいんですけど」
「見学にしなさい」
「は？」
「いつも見ていたんだけど、この頃ひどく顔色が悪いから。自分では慣れてしまって平気かもしれないけれど、階段、駅のホーム、気をつけないといけないよ」

　そしてようやくおれは保健室から解放される。体育は見学で良いって。合法的にサボれるならサボってしまおう。確かにこの頃立ちくらみや目眩が酷い。

　早々に保健室を後にする。廊下においてある鏡には確かにひどく痩せた情けない少年がいる、目つきが鋭いのがコンプレックスだった。それはあまりに母親に似ている、まるで悪魔のような顔。
　嫌いだ、こんな自分大っ嫌いだ。自分だけじゃなく、おれの周りにいる誰も彼もみんな大っ嫌いだ……！

　◇

　昼休みになってもおれの居場所なんてない。少し席を離れた間に名前も覚えていない同級生が、おれの席に座って隣の席の友人と馬鹿笑いして机の上に足まで乗せている。おれが戻ってきたことなんて気づく様子はない、外に行こう、誰もいない静かなところが良い。
　騒がしい廊下を抜けて、職員室も通り過ぎ、体育館の裏側まで来た。たまたま古びたベンチがあったからそこに腰掛けたら、ようやく一息つけて泣きそうになった。結局のところ対人関係だってダメなんだ。
誰も彼も、おれを邪魔者扱いする。孤独は深まる一方で、それもこれも全ては母親が原因だ。シングルマザーなんて言えばまだ聞こえは良いが、結局母でなく女であることを選んだ。木造のボロアパートの一室では幼い頃から内縁の夫が入り乱れて、おれは愛がわからなくなる。やがて母は男のあとを追って消息を絶った。それはおれが中学生になる頃で、行く場所を失ったおれはそのまま祖父母に引き取られ今に至る。

「あれ三宮くん、そんなところで何やってるの？　誰かと待ち合わせかな」

　突然の声にベンチから立ち上がる。その声の主は森村真希、どうしてこんなところに。

「早いねえ、もうお昼ご飯食べたの？」

　森村は無断で容赦無くおれの隣のベンチに腰掛けて、ガサガサとビニール袋の中からパンを何個も取り出した。

「学食のさ、カレーパン知ってる？　あれね、この学校の名物。すっごい美味しいんだよ。もう食べてみた？」
「いや……」
「マジで？　はは、じゃあ一個あげるよ。ほら食べてごらん」

　そう言って森村が取り出したカレーパンの袋、腹が空くどころか吐き気がする。思わず立ち上がり、息を飲む。

「どうしたの、ほら食べなよ」
「い、いらない」
「なんで？」
「……気持ち悪い」

　ここしばらくろくに食事を摂らずにいたら食事を受け付けなくなってしまった。それは望んだことだとしても、気分の悪さはどうにかならないか。

「おいで、座りなさい」
「……い、良い」
「良くないから言ってんだよ、座れ！」

　森村の強い調子の言葉を初めて聞いた。彼は袋を脇に置いてそのままおれを抱き寄せる。ベンチに横になったら途端に目眩がひどく砂嵐、吐き気を抑えるためにただ長く深呼吸を繰り返す。

「全く、いつから食べてないの？　これここ数日のことじゃないでしょう。こんなに痩せてよく倒れないよね。その辺の小学生の方がちゃんと体重あるよ」

　森村はおれのネクタイを外して、ワイシャツのボタンも外す。骨のくっきり浮いた胸元を睨みつけて、そのまま小さくため息をついた。

「ねえ、三宮くん。食べることは生きることってさ、知ってる？」

　そんなの、知ってるよ。
　だからおれはここまで来たんだから。

　◇

　そのまま半ば強引に森村に抱きかかえられて連れ込まれ、午後は保健室で過ごした。神部が何やら聞いてきたけれど気分も悪いし煩わしくってほぼ無視をして。近頃夜になれば眠れないことが多く、朝まで起きていることなんてザラな日々。そのおかげか保健室のベッドは寝心地よく久しぶりにゆっくり眠れた気がした。目が覚めて何時か確かめようと左腕を見れば大きな時計。森村のものだ、ああ、そうだこれを返そうと思っていたのに……。

「三宮くーん、起きてる？」

　ひょいとカーテンの隙間から森村が現れた。目があったのを良いことに遠慮なくベッドの隣まで。

「よかったね、少し顔色良くなったみたいだし。荷物持ってきたよ、帰ろ？」
「え……」
「もうホームルームも終わってね、俺もたまたま今日の仕事早く終わったから。今日は車通勤だし家まで送ってあげる」
「いや……」
「一人で下宿してるんだよね、無事家に帰れるか心配してるんだよ」

　変なやつ。
親でもなければ家族でもない、そんな俺を家まで送るなんて。

「良い、一人で帰る」
「行き倒れても知らないよー」
「……帰る」

　無理矢理に森村を押しのけようとするも、布団を持ち上げるのでさえ息が切れた。震える腕で支えながら身体を起こそうとしても重く、目眩が強く目を開けているのも精いっぱい。

「そこまでして一人で帰るっていうなら、今ここで神部先生に付き添ってもらって病院受診するよ」
「い、いや……」
「じゃあ一緒に帰ろう」

　そう言って森村は俺の肩を支えながら荷物を持って薄暗い放課後の廊下をゆっくりと歩いて行く。見慣れないはずのその横顔にどこか見覚えがあったのは、多分なにかの空似なのだろうけれど。

　森村の車は黒のミニワゴン、後ろの席で横たわればくらくらした頭に血が戻ってきたのかじわりと顔が熱くなる。動き出す車、ハンドルを扱う森村は教室で生徒とはしゃいでいる姿とは違って、日々に冷めている大人の顔をしていた。

「一人暮らしだとどうしても食事がおろそかになりがちだけどね、ちゃんと食べた方がいいよ。倒れてからじゃ遅いことってあるし」

　またその話、説教なんかもうたくさんだ。

「君が自分を大切にしてくれないと困るんだけどなあ」
「……誰が？」
「俺だよ、もちろん神部先生だって同級のみんなだって」
「嘘だ」
「それを決めるのは三宮くんじゃないでしょう」

　カーステレオからは聞いたことのない洋楽が流れていた。信号の色を超えてトンネルに入れば車内の色はきらきらとミラーボールのように見える。そしてしばらく走れば窓の向こうは見覚えのある景色、自宅アパートまではあと少しだ。

「……お母さんからはずっと連絡ないの？」
「……」
「ごめん、嫌なこと聞いたね。でも俺の見てきた中で今にも先にも彼女のように美しい人はいなかった。君はその遺伝子は継いだようだね」
「は……？」
　思わず息が詰まってむせた。
　母の行方を知らない、その母の写真すら誰にも見せたことはないのに？

　森村の横顔は無表情。
　何故こいつが母のことを知っている？

　◇

「じゃあ何か少しでも口にして、よく寝るんだよ。また明日な、おやすみ」
「……どうも、すみません」
「いつかまた改めて家庭訪問させてもらうよ、そしたら親子丼作ってあげよう。俺の得意料理ね」

　森村は母のことなど口にせず、おれもどこか戸惑ってしまって聞くことも出来ないままで、彼は帰っていった。ドアを閉めて、靴を脱いだらそのまま玄関に横になる。あんなに保健室で眠ったはずなのにまだ睡眠が足りてないのか……。

　食べることは生きること。
　今夜は少し何かを口にしても良い気した、けれどいざとなればよくわからない罪悪感が邪魔をして、結局冷蔵庫の中にあったスポーツドリンクだけを口にして眠ることにした。

　泥のような眠りの中で、誰かがおれの名前を呼ぶ。答えたくて手を伸ばせば空を掴むだけで、久々に泣きながら目を覚ました朝だった。寂しいなんて感情は、まだおれにも残っていたらしい。

◇

「おはよー三宮くん」

朝の満員電車に揺られていると、人混みに紛れて森村が。今日は車通勤ではないようだ。

「春とは言え人が多くて暑いね、大丈夫？」
「大丈夫……」
「もう、大丈夫そうな声じゃないじゃないの。おいで寄りかかっていいから」

苦笑した森村はおれの手首を握る。その細さに笑った目は少し鋭くなり、黙って空いている通路までひきよせた。

「昨日はあれから何か食べ物口にした？」
「……」
「それで今朝も何も食べてないんでしょう？全く困ったねえ」

ため息をついた森村はおれの手首を握って離さない。学校最寄りまであと数駅、暑いうえに立ちっぱなし。その瞬間、ざっと血のひく感覚に脚の力が抜ける。慌ててそばにあった手すりにつかまるも、目の前が暗くそのまま倒れる寸前。そのおれに気づいたのは隣にいた森村だった。

「三宮くん、どうしたの」
「あ、あしに力が入らなくて、倒れる……」
「ちょ、大丈夫？こっちに寄って……三宮！」

一面の砂嵐、その後は全てが曖昧で覚えていない。

◇

電車の走る音がする……駅のホームは涼しくて、ようやくあたりは平静を取り戻しつつあった。おれの肩を抱くのは、森村。彼はおれの意識のあるうちに抱き寄せ停車した電車から駅のベンチへ。

「大丈夫？」
「……はい」
「もう、全然大丈夫な顔してないじゃないの……まあ自己管理をとか言うけど、十五歳の君一人のせいにするのは俺は嫌でね。良いよ、落ち着くまでこうしていようか」
「……遅刻」
「いまはそんなこと気にしてる場合じゃないよ。君はその真っ白な顔をどうにかしなさい」

耳鳴りがして世界が遠い、これをどうにかしろって言われても……その時森村がおれを膝に寝かせる。戸惑ったものの抵抗する力はもう残されてはいなかった。

◇

「佐知、向こうに行ってなさいよ」

そう言って真冬にもかかわらず、母はおれを家の外に出した。お客さん、がいるときはいつもそう。そしてお客さんはいつも若い男だったということ。雪の降る中じっとドアの前で目を閉じた。寒くて凍え、お腹も空いた。だけど人通りなんてなく、誰もおれのことを呼ばなかった。
その母がおれを裏切るのはそれからしばらくの後のことだった。

◇

結局一時間の遅刻で登校した。おれはともかく森村はきっと怒られるだろう。左手の時計はまだ返していない。返さないと、って思うのだけれどついどこか寂しくて……。
そんな森村は今日も授業中にふざけ、騒いでいる。
森村という男はどんな人間なんだろう。ふざけつつも周りをよく見ていて、時におれの心を覗き込む。勘が鋭いのだろうか、そんな彼がおれは少し怖かった。言いたくもない心の中のたくさんのことを思いださせるようで。

「じゃあ小テスト始めるよー、静かに。チャイムが鳴ったらおしまいな」

教室中がペンを走らせる音だけであたりは静まり返った。授業で習ったところだけだからそれほど悩みもせずに、早々に終えて顔をあげたらおれを見つめている森村と目があった。森村はおれを見て少し笑う、いつから見ていたんだろう。気まずくなって目をそらして外を見ればいつのまにか空は暗くなり雨が降り出した。

雨の日は嫌いだ、……昔を思い出すから。

◇

母がまだ帰ってこない。
いつもなら仕事も終えて帰ってくるはずの深夜、しかしいくら待っても足音すら聞こえなかった。午前三時、もうすぐ朝になる。明日は小学校だったけれど寂しくて眠るどころではなくて。真っ暗な家の中よりは月明かりの外の方が怖くない。

「なにやってんのよ、佐知」
「あ……」

母だった、しかし随分と酔っ払った様子で隣の若い男に支えられながら歩いている。

「こんばんは」
「こ、こんばんは……」

母よりいくつ年下なのだろう、まだ大学生くらいに見える彼は愛想が良く、おれの頭を優しく撫でる。そしてそのまま家の中へ。
おれがどうしたら良いのかわからず戸惑っていると彼は部屋の中から手招き。

「ずっと外にいて寒かったでしょ？風邪ひくからおいで」

いつも追い出されてばかりだった、だからおれはどうしたらわからずに下を向いたまま部屋の中へ。母は敷きっぱなしの布団の上でいびきをかいて眠っていた。

「何歳？」

母に布団をかけた彼はおれに問う。

「八歳……」
「小学生かぁ、学校楽しい？」
「あまり楽しくない、お母さんのせいで誰も遊んでくれないから」

近所でも母のだらしなさは伝わっていて、多分親に言われているのだろう。同級生は誰もおれと遊ぶどころか遠巻きに見てろくに話さえもしてくれなかったから。

「俺も学校楽しくないんだ、俺は誰にも本当のことが言えなくてさ」
「本当のこと？」
「誰が好きとか嫌いとか、なにをしたくてしたくないとか……心の中のことだよ」
「それ、言ったら怒られちゃうの？」
「まあね」

居場所のない、ふたり。
二枚しか布団がなかったから彼の隣で眠ることに。名前は知らないけれど、いままで母が連れ込んだ男の中にはいないタイプ。おれの目を見て話してくれたから。

◇

翌朝、目が覚めるといい匂いがした、昨晩の彼が何か料理をしている。

「おはよ、朝ごはん作ったから食べようか？」

朝食なんて滅多に食べたことはなかった。母はいないか寝ているかで、一人で起きて身支度をして家を出る。いってらっしゃいの一言なんか聞いたことなんてない。それが普通の出来事だった。

彼の作った朝食は白米と味噌汁と玉子焼き。あり合わせのもので材料がこれしかなかったからと。湯気の立つ味噌汁は、口にすると身体に染み込んで行くようで、涙が出てくるから下を向く。一方で彼も静かに食事を進める、給食は一人で食べていたから、誰かと一緒に食事をすることがこんなに温かいものだって初めて知った。

◇

「邪魔だ、どけよ」

教室の隅で椅子を蹴られる。最近目をつけられた同級生数人。おれの反応がみたいのか、脅すようなことを言ってはゲラゲラと笑う。

「汚ねえ家に住んでさ、その服だっていつ洗ったやつ？」

そう言って背中を蹴り飛ばされた、息が止まる。周りの同級生たちはヒソヒソとこちらをみては笑うだけ。その時教室に教師がやって来て、同級生はパッと散った。痛む背中、だけど誰にも助けてなんて言えなかった。

「おかえりー」

自宅アパートの前では昨晩の彼が待っている。

「お母さんは？」
「仕事だってさー、俺とお留守番してよ」

そう言って笑顔の彼、今日あった嫌なことをその笑顔だけで忘れられる気がした。

「夕飯の買い物に行こうか？」

彼の後について、近所のスーパーまで。夕方のセールで混雑する店の中、彼を見失わないように後を追って。

「サチ、こっちだよ」
「え……」
「違ったっけ？ サチって名前なんだよね」

名前を呼ばれたのも随分と久しぶりのこと。おれも彼の名前を呼びたくて、でもなんて聞いたら良いのかわからない。

「おいでー、サチ。お兄さんと手を繋ごうか？」
「て、手はいい……」
「あはは、男の子だから恥ずかしいか」

夕食は親子丼。おれも手伝って、玉子をかき混ぜたのを覚えている。

結局その日の夜は母は帰ってこなくて、彼と二人で眠ることにした。だけど、今日はまだ眠くならない。隣を見たら、彼もまた眠れないのかこちらを見て笑った。

「眠れないの？」
「うん」
「……サチって良い名前だよねえ。幸せって漢字の違う読み方だよ」
「そのサチじゃない……」

おれは自分の名前が好きではなかった。響きだけでは女みたいで。

「サチが幸せになってほしいから、お母さんはサチって名前にしたんだと思うよ」
「幸せじゃないよ、全然」
「そっか、じゃあいつか幸せになれると良いね。俺には何もできないけどさ」

その言葉、彼も何処かに行ってしまうのだろうか。お父さん、という年齢ではないけれど、彼が近しい関係になってくれたらよかったのに。

一人が寂しい、そう思うだけで涙が出てきた。彼はそっと泣き出したおれの頭を撫でる。左手には腕時計、寝ている時にも外さないそれは大切にしているものなのだろうか？

◇

「汚ねえやつは学校来るなよ」

翌朝、登校途中に件の同級生と会ってしまった。道の端を歩くも囲まれて、ランドセルを蹴られその場に転んだ。また笑ってる、おれはそんなに恥ずかしいことをしているのか。目を閉じて全てを諦める。

「おい、なにやってんの！」

その声で囲んでいた同級生たちが突然散った。

「全く子どもとはいえ低レベルないじめをするんじゃないよ」
「あ……」
「大丈夫？サチ」

助けてくれたのは彼だ、おれを見てにこりと笑う。

「ああいうことをするやつのことは、怖い先生にでもいいつけてしまいなさい。サチは悪いことなんてしていないんだからね」

その瞬間に、おれはその場で座り込んだまま大声で泣いた。誰もわかってくれなかったおれのこと。助けてって言いたいのに言えなくて……。
彼は黙ってしゃがみこみ、おれの頭を撫でて笑う。大丈夫だよって繰り返しながら。

◇

その晩も帰ってこない母を待ちながら彼と一緒に寝た。彼はいま大学生で、学校が楽しくないのと、家に帰るのも好きではないと。おれよりも大人なのにそんなことを言うなんて情けないから内緒だよ、そう言って優しく笑った。

「お兄ちゃん……？」

話しているうちに眠ってしまったのか、気がつくと朝が訪れていた。
隣には彼はおらず、化粧も落としていない母が座ってタバコを吸っている。

「あの男なら出て行ったわよ」

そう一言言って、母は壁に灰皿を投げつけた。灰皿は鈍い音を立てて二つに割れる。

窓の外は雨、薄暗い部屋の中でおれは誰よりも永遠の孤独を取り戻していた。

◇

「はい、テスト終わりー。後ろから前に回してね」

一斉に騒ぎ始めた教室内、チャイムとともにテストは終わり回収の終わった森村が伸びをする。もう昼休み、でも外は雨が降っているから一人で過ごすのにいつものベンチが使えない。

とりあえず廊下へ、そこでは授業の荷物を持ったままの森村が待っていた。

「昼休みどうする？」
「は？」
「ほら、雨だから外でご飯食べられないでしょ？学食でも行ってみようよ、騒がしいけどメニュー豊富だよ」
「い、いら」
「いらないはナシね。今朝倒れて身にしみたでしょう、おにぎり一個でもだいぶ違うと思うけどなあ」

そう言って森村は隣を歩く。担任でもないのに、近頃では彼がこの学校で一番親しい教師になってしまった感がある。

「まだ気分悪い？」
「少し」
「辛いならご飯食べたら保健室寄って昼休みの間だけでも横になっていても良いと思うけど」
「面倒だから、いい」

学食は人で溢れている。それだけで気分が悪くなり、気づいた森村が隣の購買によっておにぎり一つを買って戻ってきた。

「大丈夫？」
「無理……」
「保健室行こう。神部先生もお昼ご飯食べてると思うし」

しかし保健室には誰もいなかった。森村は神部の留守に勝手に入り、空いているベッドのカーテンを開ける。

「おいで、三宮くん。少し横になってなさい、おにぎりも食べられたら食べてさ」

整えられた白のシーツ。良いのかな、と戸惑いつつも横になれば起き上がることなんて当分出来なさそうだった。
雨の音が静寂を誘う、まだ昼休みだっていうのに。

「ねぇ、なんで君はご飯を食べないの……」

耳元で呟くような森村の声、いまなら言えるかもしれない。本当のことを。

「生きることを、やめたいから」

怒られるかと思って構えても彼はそれから言葉を紡ぐことはなかった。
視線を感じつつも雨音がだんだん大きくなっていって、おれはそのまま眠りについた。

◇

それからの母は相変わらず機嫌が悪く、暴力は振るわなかったものの意図的におれを無視をする。孤独に戻ったおれのこと、家でも学校でもひとり。そんな日々が続いた数年後、中学生になった頃に母は失踪する。

彼にはもうあれきり会うことはできなかった。ほんの数日、そばにいてくれた"お兄ちゃん"。今頃どこでなにをしているのだろうか……。

そして引き取られた先の、いままでろくに会うことのなかった祖父母は厳しかった。けれど母とは違い、おれのことに良くも悪くも興味を持ってくれてそれだけで生まれて初めておれの心は少しだけ救われたのは覚えている。

◇

「三宮くん、調子どう？」

その声に目を開けると神部が白衣のポケットに手を入れて立っている。

「……」
「森村先生？先生は授業中だよ。今六時間目」

昼休みだけって思っていたのに、いつの間にかそんな時間になってしまった。いまから教室戻るのも疲れるし、でも帰るなら荷物を取りに行かないと……。

「もう少しで授業終わりだからまだ寝てなさい。ホームルーム出られたら出て、今日はもうそのまま帰って……あ、そうだ」

神部はポケットの中からおにぎりを取り出した。

「森村先生から、君が起きたら食べさせってさ。梅干しだし食べやすいよ」 

生きることを、やめたいから。
あの言葉を森村は聞いたはずだ、それでもまだおれに生きろと。

このおにぎりひとつ食べたら、なにか変わることはある？

おれは生きてどうしたいのだろう。
そばにいて欲しいのは……誰だ？

「どうぞ」

神部に手渡されたおにぎり。そっと封を開けて口にすると懐かしい味が広がった。
あの日、朝ごはんを作ってくれた彼……生きることは、食べること。

知らないうちに涙が出てきた、嫌だ、神部の目の前で……だけどおれももう少し生きてみたら、何か見えてくることがあるのかな。

神部は何も言わずに保健室から出て行った。おれは涙をぬぐいながら、心にたまった孤独と悪夢も涙と共に流して行くように。

◇

授業終わり、教室に戻るために廊下を歩いていると突然誰かに後ろから目隠しをされた。

「三宮くん、おはよ」
「……どうも」

森村はいつもの調子で、振り向いたおれに満面の笑み。

「おにぎりちゃんと食べたって？えらいねぇ」
「……」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないよー、おれは嬉しいんだよ」

その笑顔がどこかで見覚えのある気がしたのは気のせいではない。

「また一緒に親子丼作ろうね、今度は玉ねぎ切ってみる？サチ」
「……ばか」

放課後の廊下の雑踏の中、それは月日を超えた過去との再会だった。
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		<dc:date>2020-01-18T11:23:40+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<link>https://amaminovel.novel.wox.cc/entry1.html</link>
		
				
		<title>恋ははじまりますか？</title>

		<description>あの日、雪の中の交差点。捨てるはずだっ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ あの日、雪の中の交差点。捨てるはずだったこの命を拾い上げてくれた人がいた。黒髪高身長……無愛想な表情。でもその彼から発せられた言葉といえば。

「どこにも行く場所がないのなら、うちにいくらでもいると良い、部屋の数だけはあまっているから」

◇

「……あの、はるゆきさん。僕に出来ることはありませんか？いくらなんでも生活費から何から面倒見てもらうわけには」

都内でも有数の高級マンション、その部屋は整えられて新築モデルルームを思い起こさせた。

「別に気を使う必要はない、みつばは好きなことでもして過ごせばいいよ。日常生活に困っていることはないから」

その言葉通り、多分清掃とかは業者に頼んでいるのだろう。食事は、多分外食が多いのかもしれない。だってキッチンには電子レンジすらなかったから。困ってはいない、と言っても。

……料理かあ。

◇

「鍋？」
「そう、鍋です。フライパンとか炊飯器とか！」
「何に使うんだそんなもの」
「何って、ご飯。ご飯を家で食べませんか？外食よりは健康にも良いと思うんですけど……」

はるゆきさんはお小遣いはいくらでもくれるというから、僕は料理道具をお願いしてみた。それくらい、この家のキッチンに生活感はない。
不思議そうな彼にもらったお小遣いで、近所のスーパーマーケットでフライパンから包丁まて買い揃える。両手に抱えて帰宅してみたら、彼は仕事に出かけたようだった。
料理が得意、というわけではない。ただ、僕がいままで生きてきた場所では、料理番まがいのことをしてきたから。誰も手に負えない少年のために家事を尽くす。思えば変な話だ、血の繋がりのない僕が、実質彼の唯一の家族のようなものだったなんて。
少年は与えられた部屋で僕と一緒に行動した。時折刃物を振り回しては、自分の名前を書くように僕の身体に傷をつける。それが僕と彼の八年で、奇妙な生活だったと思うしかない。もっと早く僕は逃げ出したからよかったかな。でも、今日このタイミングでしか、はるゆきさんとは出会えなかった。はるゆきさんを思うと、なんだか心が温かくなる。

「これはなんだ、みつば」
「野菜の煮物とぶりの照り焼き。ワカメのお味噌汁とキャベツの浅漬けです」
「取材旅行に行った時の町の食堂で見るな、これはどこから買ってきたんだ？」
「材料はスーパーマーケット、あとは僕の手作りです。お口に合うかわかりませんが……」

手作り、美味しいと思うか思わないかは本当に運と好み次第で、はるゆきさんには僕の料理はあわないかもしれない。祈りに似た気持ちで彼を見る、それにしても基本無表情な人みたいだから美味しいのかまずいのか……。

「あ、あのー、やっぱりお口に合いませんよね？僕も誰かに教わったとかじゃない自己流ですから無理して食べなくて構いませんよ。美味しいものは人それぞれです」

はるゆきさんは僕をちらりとみて、ゆっくりと咀嚼してため息をつく。僕は怖くなって思わず下を向いた。そうは言ってもまずいって言われたら、他に僕の出来ることはない。出て行けって言われたら……出て行くしかない。

「……い」
「えっ、はい？」

まずい？
まずくない？
慌てて顔を上げて彼の目を見る。険しい目が僕をみて……笑った。

「美味しいよ、みつば。家で手作り料理を食べるなんて子供の頃以来でね、お前の料理は嫌いじゃない。気が向いたらまた何か作ってくれないか？」
「えっ……は、はい。あ、ありがとうございます！」

僕を受け入れてくれた人、とりあえずまだ僕はここにいても良いらしい。

◇

夜眠るときははるゆきさんのダブルベッドを一人で僕が使っている。一方ソファにははるゆきさん。体格からして明らかに僕の方が小柄なのだから、彼が本当はベッドを使うべきなのだ。そう毎日繰り返すけれど、彼はするりと僕の言葉を抜けて行く。なんでだろう、僕の匂いがするベッドなんて使いたくはないとか？そう思ってはるゆきさんの留守にシーツを変えて綺麗にセッティングしたのだけれど……。

「別に構わないって言っただろう、俺はどこで寝ることも慣れててね、ほら、撮影の仕事は一瞬を逃すことで全てが終わってしまうからな。ちゃんと寝てるし身体も痛くない。気にするな」

気にするなと言われるとさらに気になるではないか。そこで僕はその件に関する最終的な案を提案する。ドキドキして、少し言いづらい、だけど。

「あのう……はるゆきさんさえ嫌ではなければ、その……ですね……」

◇

一緒にベッドで眠りませんか。

それは大変勇気のいる言葉だった。だってまだお互いにお互いを知らない。はるゆきさんは、最近話題のフォトグファー、主に風景の写真を撮っていて僕も街角のポスターでかつて彼の撮った作品を見ていた。その見た目が怖いが案外優しいところもある。かたや僕は家出の挙句、道路に飛び出し死を選ぶ寸前に拾われた。なぜそんなことをしようとしたのか、その時の細かい理由においてはなんとなくしか話していない。つまり、お互いにまだお互いを知らないのだ、だからそれをして、一緒の布団で寝る、と。まったくもって、変な話。恋仲ならば理解できないこともないけど。

恋？
恋かあ……。

対人関係は苦手だ。またもてあそばれて傷をつけられるんじゃないかって。けれど、不思議とはるゆきさんに対する嫌悪感はないんだ。いま一つのベッドで背中合わせで眠ってしまった彼について。そっと起き上がって彼の顔をまじまじと見る。眉のシワは眠っていてもそのままなのか……大きくて筋肉質の手は布団の上に、仕事をしている男の手だ。男としても僕の多少肌荒れをしているペラペラの手とは正反対で。

そう、男同士。
恋とか言っている場合ではない。僕らが恋に落ちるには最大の壁があった。こうして彼が気になっているのは僕だけで、はるゆきさんからすれば、僕はただの家出少年。そろそろ帰るだろうと、思っているからこそ優しくしてくれるのかもしれない。口には出さないけどはるゆきさんが優しい人だってことはこの共に過ごす日々で感じていたから。

「眠れないか、みつば」
「……ひぇっ！あ、あの、すみません」
「何を、別に謝ることはないだろうが」

はるゆきさんが僕をの方を向いた。窓の外は雪が降っていて今日は寒い一日だったとその時気付いた。

「あ、あの」
「寒いよなあ、……おいで」
「え、え？」
「たった三十センチの距離だよ、いまさら人見知りでもするか？」

人見知りがどうとかの距離ではない。まだ知り合って浅い人、そんな二人が肌を合わせて眠るなんて……。

はるゆきさんの腕が伸びて、僕を抱き寄せ耳元で囁く。

「お前随分と冷たい手をしているんだな、みつば……」
「は、はる……んっ！」

冷たい肌をしているのは彼の方だ。ぼくのくちびるに触れた彼のくちびる。冷たくて、でもやわらかい。

「はるゆきさん……」

嫌いな相手にはしない行為、それをいま、僕に……これは、これははるゆきさんもしかして。

加速するのは僕の感情だ。急にはるゆきさんを意識しだしたこの心。はるゆきさんのことが嫌い？いや、嫌いじゃない。
どうしよう、きっと顔は赤くなってる。夜の闇が隠してくれてよかった、だって恥ずかしい。小さな子どもではない僕が、初めてのキスにこんな浮かれているなんて。どうかこの胸の鼓動が、はるゆきさんに聞こえませんように。

◇

結局、眠れない朝を迎えてしまった。
僕を抱き寄せキスをしたはるゆきさんは、それ以上をすることもなく静かに寝息をたてて眠ってしまった。肌と肌がくっついて、僕は上手く息することも出来ない。はるゆきさんは、いい匂いがする。それを意識するだけで、眠るどころではなかった。夜が明けて朝日に照らされたはるゆきさんの顔、眉が寄ってるのはもともとそういう顔なのだと。少しかわいいなって笑ってしまった。この人を知りたい、だって僕を抱き寄せキスをした、その感情の理由は何かはっきりと聞いてなかったから。

「朝ごはんでも、作ろ……」

そっと身体を離してベッドから起き上がる、未だ眠っているはるゆきさんを起こさないように。

キッチンの明かりをつけて真新しいフライパンで目玉焼きを作ることにした。ベーコンもハムもあるけれど、はるゆきさんはどっちが好きなんだろう。
まずは小さなことから、彼との関係はまだ始まったばかりなのだから。

◇

「えっ、一週間……ですか」
「ああ、東北から北海道を巡ろうと思ってね」

はるゆきさんの仕事の話だ。撮影旅行を一週間、僕はお留守番で一人になる。

「いいものやるよ」
「えっ、ああ、これ……」

それは真新しいスマートフォンだった。携帯電話すら持ったことはない、僕に彼からのプレゼント。

「この家で一人も寂しいだろう、出られるかわからないが寂しかったら電話しておいで」
「そんな、こんな高価なもの受け取れません！」
「……俺が寂しいんだよ」
「は、……」

そんな言葉をまた、僕の目を見て言うなんて。顔が赤くなってしまって恥ずかしい僕は、思わず目をそらして下を向いた。そんな僕を笑わずに彼は大きな手で僕の伸ばしっぱなしのボサボサの髪を撫でた。

「遠慮はいらない、お前のことをもっと知りたいんだ。それが理由じゃ駄目か？」

◇

いってらっしゃいを言って二日が経過した夜。はるゆきさんからの連絡は来ない。忙しいのだろう、だって彼は仕事で行ったのだから。今頃どうしているのだろう、彼の作品は夜の風景も多いから今頃撮影をしているのかもしれない。

「邪魔は出来ないよね……」

 寂しかったら電話しておいで、そうは言っても僕から連絡なんて。でも、寂しくないと言ったら嘘になりますはるゆきさん。

メールをする勇気すらない。タイミングが悪くて言葉の意味を違えてしまう、それが僕にとって一番の心配ごとで、結局のところ寂しいけど嫌われたくないから連絡できない。
そうしてただ、僕は鳴りもしないスマートフォンを見てベッドの上で一人過ごすのだ。

「お前だけが幸せになるなんて許さないよ」
「……っ？」

聞き覚えのある声、はるゆきさんではない。僕の身体に傷をつけて笑っていた、"梓"だ。

「ねーなにそれ、スマホ？贅沢なもの持ってさ、誰から連絡待ってるわけ」
「……」

これはきっと悪い夢だ、ここははるゆきさんの家、はるか離れたこの東京の地にいま梓がいるわけがない。

「いいご身分だな、おれを捨てて好きなことだけして過ごしてさ」
「……」

梓がベッドの上に乗る僕を見下ろし、嫌悪感でいっぱいの顔をして。

「何か言えよ」
「……」
「何か言えっての！みつばァ！」

夢だ、夢なんだ。だってここにいるはずのない人。だって梓はあの日……。

「……なあ、みつば。おれが死んで、嬉しかった？」

◇

日も暮れる前から酒にタバコにはしゃいでいる未成年の梓と友人らのいる部屋を通りすがった。笑い声が耳に響く、梓の蛇のような目が僕を見つけ、わざとグラスに入ってたチューハイをかけた。べたべたとした香りが鼻に付く。目を合わさないでいたら、彼はそれが気に入らないようで僕の首を掴んで壁に叩きつけた。

「出てけば？」
「……え」
「お前もういらないよ、みつば。好きなところに消えていいや、飽きちゃった」

梓は知っている。僕がこの家を出たらどこにも行く場所がないってことを。
けれど、僕はもう疲れてしまった。わがまま放題で僕に身の回りの世話をさせる梓。これ以上彼の束縛が続くのなら、いっそのことここを出てもいいのかもしれない。

梓は僕から手を離して再び友人らと遊び始める。僕はそっと自室に帰り、少しの現金と防寒具をカバンに詰めて……。

梓は気づかなかった、僕は静かに家を出る。空からは珍しい雪が降っている、こんな南国の地には珍しい雪が……次第に雪が滲んでいって、僕は静かに涙を流していた。もうおわり、束縛された生活も、どこにも居場所のなかった僕の人生も……。

さようなら、の意味を込めて梓の家を振り返った、その瞬間だ。地上の花火が爆発するように、爆音とともに一気に梓の家から火が噴き出した。思わず驚いた僕はその場に座り込む。

不慮の事故だった、あと数分家を出るのが遅かったら僕もまきこまれて……。

「あ、ああ……」

生と死はこんなに近いもの。
僕をおいて、人生は速度を速め進んで行く……。



「ひっ、あ……あっ！」

ひどく汗をかいて飛び起きた。息が苦しく両手が震えている。家を出てから初めてのことだ、梓が夢に出てくるのは。
全ての不幸を忘れて生きていた僕をの脚を掴むもの。幸せは、そう簡単には訪れないらしい。

「……ひ、うっ、ああ」

子供みたいに泣きじゃくって、僕はどうしたいんだろう。もうこの世にいない人のために、生きて行く人生を諦めている。お前だけが幸せに……。

「……さん」

無意識にその名前を呼ぶ。
僕を助けてくれた彼の。

「は、はるゆきさん……」

会いたいです。
握りしめていた、スマートフォンの画面を震えながらスクロールする。彼の名前を見つけて迷う間も無くタップした。

呼び出し音が、まどろっこしい。
ただ声を聞くだけで良いから……。

「……もしもし」

◇

何を話したのか自分でもよくわからなかった。涙で声を詰まらせながら、はるゆきさんの名前を呼んだ。時計を見れば深夜三時、迷惑以外の何物でもない。だけど、それでもはるゆきさんは優しく話を聞いてくれた。意味はどこまで伝わったのだろう。ただ、彼は大丈夫を繰り返し、全てはもう夢だったのだからと。

電話が終わった頃、少しカーテンを開けるとちょうど朝を迎える頃だった。はるゆきさんに徹夜させてしまったかな、彼はお仕事だったのに。後悔は止まらず、だけど心の中は少し暖かくて。はるゆきさんの声が好きだ、僕にまだ生きていてもいいよって言ってくれる気がして。大切なスマートフォンを抱きしめて、僕はそのまま少しの睡眠を。あと四日たてばまた彼の顔が見ることができるから……。  

◇

誰かの声が聞こえる。乱暴に鍵を開けて大きな足音が飛び込んできた。微睡んでいた僕は飛び上がり、慌てたせいでベッドから落ちた。

「いっ、いたた……な、なんで……？」
「はあ……みつば、大丈夫か」
「大丈夫……え？は、はるゆきさんこそ、なんで帰ってきたんですか」

まだ予定では帰宅は早いはず。けれど、彼はその理由を言う前に、僕の身体を抱きしめた。

「は、はる……？」
「よかった、お前に何かあったらって、俺は……」
「何か、ですか？」
「俺はまだお前と一緒に生きたいんだよ」

◇

しばらくして落ち着いてからの、ベッドに腰掛けた彼との話。
仕事終わりにかかってきた僕の電話があまりに不穏で、居ても立っても居られなくなり予定を早めて帰ってきたと。

「すみません、はるゆきさん。僕は迷惑をおかけしましたか……」
「……構わない、そのためにお前にスマートフォンを渡したんだよ」
「え……」
「どちらが、我慢している。そんなのは恋でもなんでもないだろう？俺はお前の気持ちを知りたかったんだ」

気持ち……彼は何をいっているのか、ただ過去を思い出して、積み重なるそれを吐き出してしまった。迷惑でしかないじゃないか。

「人は一人じゃ生きられないって言うだろう？俺だって一応人間だからな」
「はるゆきさんはお友達いっぱいいるでしょう？お仕事だってしているんだし」
「仕事の知り合いはお友達ではない。俺が心を許せるある相手は少ないんだよ」

そう言って目と目があった。この人は目で会話をするのかもしれない。だってその目があまりに優しくて……。

「そばにいるだけでいいんだよ、出会った時からお前のことを知りたくなった。その悲しげな目の理由を」

僕の目を見たはるゆきさん。僕の心もまた、目で訴えていると言うのか。

「うまく言えないで悪いが、お前が死を選ぶ理由はない。信じられないなら俺のために生きろ、俺はお前を離したくないんだよ」
「どうしてですか？」
「……ふ、みつば、お前は俺にそれを言わせるか？」

そしてはるゆきさんは僕を改めて抱き寄せる。僕を包み込むように優しく、耳元でとてもとても小さな声で囁きながら。

「知らないところはこれから知り合えばいい。わがままだと思ってくれて構わない。俺はお前と暮らして生きたいんだ」

◇

「はるゆきさん、ごはんですよー」

午前五時半、はるゆきさんは今日も仕事。朝ごはんに加えて、今日はもう一つ、お弁当を作ったのだ。

「食べづらかったら残してください。玉子焼きは甘くないんですけど」
「ありがとう、玉子焼き楽しみにしているよ。みつば」

僕にできることはしようと決めた。はるゆきさんが必要としていい
愛してくれるのなら、僕はまだもう少し生きていても構わないんじゃないかって。

「夕方までには帰る、明日は休みだからどこに行きたいか考えておけ」
「はるゆきさんはるゆきさん……それはもしかしてデートのお誘いですか？」
「まあ……そうとも言うな」

そう言って彼は口元をいじる。それがはるゆきさんの照れてる時の癖だってのは最近知ったことだった。

はるゆきさんは静かにドアをあけて、振り向いた。

「いってくるよ、みつば。何かあったら……」

ああ、なんで彼は優しい人。

「はい。いってらっしゃい、はるゆきさん！」

未だ全てを知らない二人。
その生活はまだ始まったばかりだ。
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