白い透き通るほどの肌に触れて、その日から彼をもう誰にも渡したくないと思った。


もちろんそんな自分が歪んでいる自覚はあったし、彼の感情なんて読めるはずはない。だってろくに会話すらして交わしたことのないのだから。



春の終わり。

"はじめまして"、のひと言でその顔を見たら、あまりの造りがよくて俺は笑ってしまった。まるで正反対、俺と彼は。

同級生だった、転校生。東京から引っ越してきたと言う、東京という言葉に壁ができた。この狭い田舎のコミュニティでは、プライバシーなどあるわけない。次第に噂は広がった、彼の父親は犯罪者だって。

父の罪は、もちろん彼のものではないとわかってはいたけれど。その頃とある製薬会社が倒産したのを知る、噂によると彼の父親が経営していたらしい。不正取引、その言葉の意味はよくわからなかった。

それから彼は誰とも話さなくなった。

彼の制服が汚れている、あれは多分足跡だろう。綺麗な顔にだけは傷はついていない。いじめだ、よそ者でさらに犯罪者の息子。ターゲットになるのは彼のこと。でも、誰も彼自身の本当は知らない。



夏休み前に補習授業で学校に来た。勉強熱心ではない同級生たち、その日学校に来たのは彼と俺だけ。
おはよう、ってひとり言のように囁いた彼。俺はどんな顔をしたら良いかわからなくて、仕方なくおはよう、と返した。

「ごめん、教科書貸してくれる?」

教科書を隠された、傷だらけの手のひら。それはきっと誰かにまた踏まれでもしたのだろう。

彼は助けて欲しかった?

そんな顔で俺をみるな。

補習が終わったのは昼過ぎ、冷房のない部屋で汗をかきながら彼は教科書を返す、ありがとうの笑顔。綺麗な顔して、ずっと思ってた、まるで人形じみているって。

教師はとっくに職員室へ帰った。俺もさっさと帰宅しようと思った時だ。彼は暑かったのかネクタイを緩めた、その、隙間から覗く白い肌は。

透き通るように、なめらかで人形にはぴったりだ。薄く汗をかきながらも、白い。

「触れてもいいよ?」

彼は笑って囁いた、俺を誘ってでもいるのだろうか。

本当は多分出会った時から欲情していたのかもしれない。見ていた、教室の端の席でいつだって彼を。

「お前なんか嫌いだ」

そう囁き返してその素肌に手を伸ばす。窓の外からは吹奏楽部の練習、野球部の声。夏の盛りに彼と二人。教室でいまこんなことをしているだなんて。

彼を知らない、俺の心をかき乱すな。

「お前なんか……」

言葉を吐くようにキスをした。彼は避ける素振りも見せず俺の手をにぎる。
嫌いだ、こんな暑い教室で体温を交換している。一度自覚したらもう離れることなんて出来ないじゃないか。

東京とか犯罪者の息子とか俺を誘う声とか……、ああ全てはもう関係ない。落ちるだけだ、この世の果てに。歪んだ自覚は彼を見て錯覚ではなかったと。

それは16歳の遅い初恋。

気がつけばあたりはいつのまにか俺の部屋で、彼が俺の布団にくるまり笑っている。
愛してるって耳元で、耳鳴りのように繰り返して。

俺はもう逃げられない。



そして季節は春に戻る。
東京から来た転校生、"はじめまして"、のひと言で皆は彼を歓迎した。

先程まで俺の部屋で隣にいた彼のこと。
しかしまだ夏は訪れてはおらず、彼はいじめられている様子はない。そもそもここは俺の部屋でもなかった。

俺は夢でもみていた?
知りもしない彼のこと、なんで出会う前に恋をしているのだ。

彼は笑顔で俺をみて、そのネクタイを少し緩める。そこからは、白く透き通るほどの肌が覗いていた。
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